少食のススメ 充実した日々のための選択

少食のススメ 充実した日々のための選択
みか夫

がらしくん、1日1食って、ほんと?

ないとう

うん、今は、夜だけしか食べてないよ。

みか夫

苦行だ!!なになに、修行中なの?どうしちゃったのさ!

内藤

修行でも、苦行でもないよ。身体にとって、楽な選択だったんだ。

みか夫

いやいや、苦しいでしょ!?我慢でしょ!?僕なら、耐えられないけどなあ。

内藤

みか夫君も、やってみたらいいよ、すごく楽になるよ。

みか夫

楽って、、死んで楽になるってこと?

 


不食という可能性

人は、日々食事を摂り生きております。食べなければ死んでしまうというのは、人間共通の認識でしょう。

しかし、この世の中には、太陽の光(プラーナ)だけで生きている人も大勢いるということをご存知ですか?

これは、夢物語でも、マジックでも、トリックがある訳でもなく、人の身体の可能性のお話です。

 

食べることは、確かに、食べ物から栄養を戴く行為ではあるのですが、それ自体の相応しい在り方については、全て、それぞれの認識の問題なのです。

例えば、食べなければ死んでしまう、と思っている人が不食を選択すれば、死んでしまうでしょう。

しかし、食べなくても生きていけると思うことができれば、不食であっても生きていくことができます。

また、1日1食で十分と思えれば、それで十分なのです。

人の生き方は、すべて自分自身の認識によって決定されている。

認識によって、存在そのものが定義されるということは、そこに人が生きる可能性があるということを表しています。

人は、認識次第で、どうにでも生きていける。

本当に心から思い信じることができれば、たとえ不食であっても生きていけるのです。

自分の認識によって、自分が定義されている。

認識を改めることで、人生は大きく変わります。

まずは、1日1食のススメ

私は、1日1食、夜だけ食事を摂っています。お肉は摂ることを止めました。魚は、機会があれば食べますが、そうでなければ、野菜だけの食事です。魚の出汁(かつおやアゴ)は使っています。

大切なことは、堅苦しく考えない・捉えないということ。何か思想があれば別ですが、何かに捉われるということは、あまりよろしくありません。

私はお肉は食べませんが、魚も卵も乳製品も一切食べない!と決めているわけではありません、機会があれば、魚を買い、調理もしますし、卵も、乳製品も食べます。

上記の「食べない人たち」の著者のお一人である秋山弁護士も、普段は、食事も、お水すら摂られませんが、食事を誘われれば、普通に食事を摂られます。

不食だから、1日1食だからといって、それ以外の食生活は一切しないという感覚でいたら、日々の生活は、とても苦痛なものになるでしょう。なぜなら、自分一人で生きている訳ではないから。

1日3食、きっちり摂る人たちの中で、頑なに自分の思考を通すことは、不食や1日1食の目的ではないのです。

不食や小食がススメられるのは、それが、自分の身体と心にとって、とても良いことだから。

決して、思想や信仰ではなく、現実的な、身体の問題なのです。

食べると眠くなる

私は、日ごろから、朝やとくに昼にご飯を食べた後は、瞼が重くなり、体がだるくなり、眠たくなっておりました。お昼寝ができるときには、しっかりとお昼寝もしました。これが普通だと思っていたのですが、なぜ眠くなるのでしょう。

これは、食べたものを消化するために、内臓が働いているからに他なりません。内臓が働くことにエネルギーを費やすので、他の行動が鈍くなり、休止モードになるから、眠くなるのです。

では、眠くなるほどに内臓が働くということは、果たして身体にとって良いことなのでしょうか。

私たちは、日ごろから、とかく食べ過ぎる傾向があります。常に臓器が休むことができず、働き続けるために、いつか身体は悲鳴を上げて、病気というかたちで自らを戒めることなる。

人が体外的にも強くいられるための免疫力は、満腹時が最も低下しており、空腹時に最も免疫力が高いということは、あまり知られておりません。病気になりたくなければ、食べないということが、最も効果的である場合が多いのです。

栄養が足りないという勘違い

私が小学生の時分には、食のピラミッドがあり、その通りに食事を摂れば、栄養が行き渡り健康でいられるというものでした。給食では、毎食牛乳が出て、これがまるで健康の在り方なのだと、教育されてきたのです。

しかし、これが本当に健康の在り方なのでしょうか?

思い出さなければならないのは、資本主義は、すべて利権とお金の上に成り立っているということ。これは、教育も然りです。

各産業が潤うためには、それぞれを消費してもらう必要がある。それを促進させることで、市場を潤すという考え方です。

畜産業も、酪農も、漁業も、農業も、医療も、医薬業も、それぞれが潤うために、それが必要なのだということを人々に価値観を植え付ける必要がある。そのためのCMであり、PRであり、教育なのです。

お肉を食べないから、力が出ない。偏った食事では健康になれないというのは、植え付けられた価値観であり、大きな勘違いであるということを認識しなくてはなりません。

偏った食事では健康になれないというならば、不食の人や、青汁だけで生活する人、また、お肉と少しの穀物だけを食べて生きている人について、説明がつかないでしょう。

何かがないから不健康なのではなく、何かが足りていないという認識が、不健康を創り上げるのです。

自分は満ち足りていると思えれば、身体はいくらでも順応できるのです。

食生活を楽しむ

どのような食事形態をとっても、大切なことは、食事を楽しむということ。

私は、朝から夕までは、身体が休める時間を設けて、夜は好きな食事を摂っています。晩御飯は、好きなものを、好きなだけ食べています。お酒も、たくさん頂きます。

少食は、つらい苦行ではないのです。慣れるまで、1週間は、辛いかもしれません。しかし、少食によってもたらされることの大きさを思えば、たった1週間の辛さで、一生の充実を得ることにつながる、これは、実践しない手はありません。

私は、不食(食べない)ではなく、1食は自由に食べる、ということを選択しているので、心に苦しさもありません。


食べないことで得られること

食べないことで得られることはたくさんあります。一つは、健康。そして、一つは、未来のための時間です。

みなさま、お昼ご飯の時間に、ランチを楽しむことをされるでしょう。もしくは、楽しめないけども、食べなければ夜まで持たないからと、無理に食事を摂ることもあるでしょう。

しかし、食べなければ元気がでないというのは、植え付けられた価値観であり、朝昼を抜くということで、元気がなくなるということは、在り得ません。これは、私が、身を持って体験しました。

朝昼を抜いて、力が出ないと思うのは、1日1食を始めた最初の3日から、長くても1週間だけ。その後は、その生活に身体が順応し、当たり前となり、なんの辛さも、苦しさも、身体の不調もなくなります。

そして、昼ご飯を抜くことにより、活動の時間が生まれるのです。

未来に向けた自由な時間を得る

会社勤めの方は、お昼休憩の時に食事を摂りますが、小食をすることで、その時間がまるまる空きます。

例えば、1日のうちに、1時間の自由な時間を得るのです。

自分を変えたい、自由を得たい、未来に向けた活動がしたいという方にとって、この1時間がどれほど有益なものになるのか、考えてみてください。食事をとっていないため、内臓が休めており、頭が冴えて、好調である。その中で、未来に向けた活動ができるのです。

本を読むでもいい。ブログを書くでもいい。副職に充ててもいい。

日ごろから、時間がないと思っている方がおられましたら、まず小食をお勧めします。

やりたいことができる時間ができる、この時間により、未来が開かれるのです。

悩む時間と、お金から解放される

朝・昼ご飯を何を食べようかと思い悩み考える時間から解放されます。

そして、それぞれにかかる食費からも解放されます。例えば、朝昼合わせて1日700円かかるとすれば、月に21,000円。それだけのお金が浮き、別の用途に使うことができます。

 

初めの1週間、我慢してください。決して、後悔することはないでしょう。

これは、内藤が約束いたします。大切なことは、それが良いのだと、信じること。

疑ったまま、苦しいと思いながらすることではありません。

充実した日々のためにできる、確かな選択です、ぜひ実施ください。

みか夫

我慢するって、苦手なんだよなあ。そこまですること?

内藤

今のまま、このままの人生でいいなら、このまま1日3食、しっかり食べて、身も心もお金も時間も消費したらいいんじゃないかな。

みか夫

ひどい言い方だなあ!そう言われると、悩むじゃないか!

内藤

まあ、人は、今の自分の生活をなかなか変えることができないからね。まあ、残念でした。そうやって、日常に埋もれていくといいよ。

みか夫

がらしくんって、時々びっくりすること言うよね!できないと思ってるんでしょ!やってやるよ!

内藤

頑張ってね。まあ頑張ってすることではないけれど、本当に、君のためになることだから。みか夫くん、頑張って。

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